子どもたちへ

2021年1月現在 6ヶ月の娘と5歳の父。君に遺したい記憶。言葉を綴ります。本棚の片隅にある日記を見つけたくらいの感じで読んでもらえたら。

14歳の君へ②

最近、よく「教養」という言葉を聞くんだ。

教養…

おとーさん世代は「一般教養」っていう言葉がなじみ深いんだけど。

近頃は、小学生も教養を身につけた方がいいらしい。

 

それで、ちょっとおとーさんなりに考えてみたんだけどね。

 

昔、情報がテレビや雑誌しかなかった頃は、

家族と共通の話題としてテレビの番組の話題やニュース、新聞の話題があったと

思うんだ。

でも、インターネットが一人一人のパーソナルなものになったことで、

一人一人、興味がある情報だけを取捨選択するようになっているんだと思う。

 

小学生だって、やれ習い事だ、塾だと忙しければ、家族との会話は必然的に減るよね。

そうすれば、親の仕事の話だって聞くことなんてないだろうし、大人の会話の中に子どもが交ざることも少なくなる。

いわゆる「雑学」として「知っている」知識が少なくなっているんじゃないだろうか?

 

だから、あらためて「教養」を身につける必要があるんじゃないのだろうか?

でも、おとーさんは思う。「雑学」としての「教養」は大事だ。

知らなくてもいいことも多いかもしれないけど、知っているに越したことはないことは

たくさんある。

 

おとーさんは君といろんな話がしたい。

別に堅っ苦しい話だけじゃなくていいから、

あーでもない、こーでもないと君と話せたら嬉しいな。

 

親としゃべる時間なんてないかもしれないけど、

いっぱいしゃべろうぜ。

な。